忍者ブログ

LITECO

HOME > ARTICLE> > [PR] HOME > ARTICLE> エッセイ > 漱石、芥川、太宰ー三人の日本近代作家と、そこに息づく中国文学ー

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

漱石、芥川、太宰ー三人の日本近代作家と、そこに息づく中国文学ー

熊本大学文学部文学科
伊藤祥太


 日本は古くから中国の影響を受けてきた。漢字は中国から輸入されてきたものだし、仏教も中国から入って来たとする説がある。遣隋使・遣唐使によって中国文化を積極的に受容し、武家社会になっても日宋貿易が行われていた。さらに鎖国中でも、中国との交流は続いていたのである。そんな中国であるから、文学においても中国文学と日本文学は相即不離の関係にある。本稿では、近代作家三人を取り上げ、各人の繋がりとそこに見える中国古典小説の影響について考察していく。

 先日、太宰治の「竹青」と「清貧譚」を読んだ。どちらも初読の時点で芥川を感じた。どうして芥川を感じたのであろうか。初収刊本においては削除されてしまったものの、「竹青」はその初出において副題を「新曲聊斎志異」としていた。「清貧譚」において、太宰は冒頭で「以下に記すのは、かの聊斎志異の中の一篇である。」と記しており、原作の『聊斎志異』に自分の思想を付け加えたことを明らかにしている。つまり、これらの作品は中国古典に題材を求めた翻案小説なのである。この、中国古典を改作するという点に芥川を強く感じるのである。

 芥川は多読の作家であった。同時代の多くの作家たちが自分の体験をもとにした私小説的なものばかりを書いていたのに対して、芥川はその著の多くで古今東西の古典に着想を得ている。「芋粥」、「鼻」、「地獄変」が日本の説話に題材を求めた好例である。また、彼はいくつか中国古典に着想を得た小説を書いている。例えば「酒虫」は『聊斎志異』の中の同名作品の改作であるし、「黄粱夢」は唐代伝奇『枕中記』を簡略化して語り、結末部分を変えたものである。「杜氏春」が鄭還古の「杜氏春伝」の翻案であることも有名である。つまり、冒頭に掲げた二作品に芥川を感じたのは、「中国古典小説の翻案」という共通項があったからなのである。

 太宰は十六歳頃から芥川作品に親しむようになり、心酔のあまり芥川と同じ一高から東大に進学するコースを目指して勉強していたという。太宰の高等学校時代のノートには、芥川龍之介の辞世の句である「自嘲 水洟や 花の咲きだけ暮れのこる」が何か所にも落書きされていた。太宰は間違いなく芥川の影響を強く受けており、後年に芥川龍之介賞が作られた際に、その栄光にあずかりたいと考えるのは当然のことであったろう。このような芥川への思いが、太宰に「竹青」や「清貧譚」などの翻案小説を書かしめたと言うことができるのではないだろうか。少なくとも、無関係であると一笑に付すことはできない。

 関口氏によれば、芥川龍之介は十歳頃に「『西遊記』の翻案『金比羅利生記』や、帝国文庫本の『水滸伝』を愛読」しており、中国古典に早い時期から触れていたことがわかる。ここに芥川の中国古典趣味は端を発しているのだろう。しかし、その師夏目漱石の影響も多分にあるのではないかと考えることができる。漱石と芥川の親交はそれほど長い期間続いたわけではない。芥川が漱石山房に通うようになってわずか一年後には漱石がこの世を去ってしまうからである。しかし芥川は漱石のことを尊敬していたと見える。海老井氏によれば、「この雑誌(第四次『新思潮』―執筆者註)の創刊についても、文壇を相手にするよりも、「漱石を第一の読者」として予定していたと言われ、自分達の書くものを漱石に読んでもらうに際し、「ナマの原稿」では失礼になるからということで、活字印刷にして雑誌の形にしたものであったとも言われている」。漱石を含めた第四次『新思潮』同人たちがいかに漱石に対して強い思いを抱いていたかがよくわかる。

 漱石といえば留学経験からイギリスとの関係が取りざたされがちであるが、漱石は非常に漢籍に通じた人であり、作品に多く漢語表現を使っている。私の読んだ範囲では『草枕』や『虞美人草』に漢語表現が頻出し、非常に読みにくいという印象を受けた。そもそも、日本は古来より大陸の影響を受けて来た。『竹取物語』には中国の蓬莱山が登場し、『源氏物語』には白居易の詩句が引用される。時代は飛んで江戸時代になっても、通俗小説は唐代伝奇の影響は大きい。江戸に生まれて、維新直後の時代を生きて来た漱石に漢籍の素養があるのは、むしろ当然のことといえるのではないか。中国文化は古い時代から日本人の教養の根幹を成す部分として深く根付いてきたのである。

 太宰の小説からこの論考は出発し、芥川を経由して漱石に着地した。この三人の中に直接的・間接的な関わりを通じて、中国古典小説の息吹が脈々と受け継がれている。日中政府間は領土問題などで現在緊張状態にあるが、文化面では親密な関わりがあるということを忘れないようにしたい。この思いを本稿の結びとして、筆を置く。



参考文献
関口安義 『芥川龍之介とその時代』 1999年 筑摩書房
山内祥史編 『太宰治全集第四巻』「清貧譚」 1989年 筑摩書房
山内祥史編 『太宰治全集別巻』 1992年 筑摩書房
有精堂編集部編 『時代別日本文学史事典 近代編』 海老井英次執筆「芥川龍之介と第四次『新思潮』」 1994年 有精堂出版株式会社



(このエッセイは、大学二年生時に課題提出用に書いたものに若干の修正を加えたものです。)
PR

Comment0 Comment

Comment Form

  • お名前name
  • タイトルtitle
  • メールアドレスmail address
  • URLurl
  • コメントcomment
  • パスワードpassword