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『ドグラ・マグラ』に描かれるモノ

比較文学専攻
マジマ


【はじめに】
『ドグラ・マグラ』は、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』と並んで日本探偵小説三大奇書に数えられる、夢野久作の代表作である。私自身その存在自体は以前より存じており、また興味もあったため、今回当レポートを執筆するにあたって『ドグラ・マグラ』を読了させて頂いた。その結果私の感じた、夢野久作がそこに描いたモノの片鱗を、僭越ながら当レポートを用いて考察したいと思う。


【『ドグラ・マグラ』について】
 『ドグラ・マグラ』は前述したように、夢野久作によって書かれた日本探偵小説の大傑作である。夢野久作が作家として活動を始めて間もないころに発表した小説『狂人の開放治療』を下地としており、その構想、および執筆に10年以上の歳月をかけたとされている。タイトルの「ドグラ・マグラ」という文言は、本文中において「キリシタンの呪術を表す九州地方の方言ではないか」という説明が一応はなされているものの、明言されてはいない。文体は、主人公「わたし」目線から描かれた一人称と、資料をそのまま地の文として配置する書簡体形式とが混在しており、そのため描写の把握が難しく、非常に読み難い文章となってしまっている。このような文体形式を採った小説は発表当時(1935年)としては大変珍しい、というよりむしろ奇々怪々なものであったため、「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」などと称された。また、これは私感であるが、便宜上「探偵小説」とカテゴライズされてはいるものの、そのような矮小な枠組みでは到底捉えられないような作品である。単なる「探偵が難事件を推理する」ようなエンターテインメント作品ではないのである。この点に関しては、詳しく後述する。さて、この項において『ドグラ・マグラ』のあらすじを軽く記載するべきなのだろうが、当作品においてはその内容が非常に複雑かつ難解で、あらすじを4000字程度でまとめるなど私の技量では到底不可能であるので、誠に勝手ながら割愛させて頂く。


【『ドグラ・マグラ』の魅力】
 まず本論の『ドグラ・マグラ』に描かれるモノの正体を考察する前に、私自身がこの作品に感じた魅力を軽く論述してみたいと思う。まず一つはなんと言ってもその計算し尽くされた作品構成である。見事な伏線の配置とその鮮やかな回収。前半などは、その全てが伏線であると言っても過言ではない。さらにそのように複数の伏線を巧みに回収しながらも、内容そのものの追求に関しては読者を煙に撒いてしまう。すなわち、本作で語る内容をはっきりと述べず、読者の考察の余地を無限に広げているのである。私自身、はっきりと真相が明かされないような小説は、作者が「逃げ」に走ったような印象を受けてしまい、どちらかというと苦手である。しかし、この『ドグラ・マグラ』には、その完璧な構成と伏線回収、そして人並み外れた文章能力により、そのような負の印象を一切もたらさぬ、強烈な力が込められている。読者の考察する余地を広げて「くれている」、というように読者に解釈させる。そのような力がこの小説には込められているのである。この手腕には感嘆せざるを得ない。

 また、もう一つの魅力はその読了感にある。『ドグラ・マグラ』を読み切ったぞ、という一つの達成感である。本作が一人称、そして書簡体形式を用いた複雑にして珍妙な文体によって描かれているということは前述した通りであるが、その読みづらさときたら並大抵のものではない。特に書簡体部分の資料は文語体で書かれていたり、韻文のように書かれていたりと、いちいち頭を切り替えながら読まねばならず、読了するのに大変な労力を要する。しかし、その苦難とも呼べるような前半部分を読解した暁には、後半部分の展開が滑るように頭の中へ入ってくる。そして次々と二転三転する事実に揺さぶられながら、読者は息つく間もなく最終局面まで引きずり込まれるのである。ここで得られる達成感は、なかなか得られるものではない。ほぼ言文一致体で描かれる小説でありながら、古文の大長編を読了したかのような達成感が、本作に存在しているのである。

 要するに、現代小説でもなかなかお目にかかれないような、作品発表当時としては恐ろしいほどに卓越した構成能力と、その複雑で珍妙不可思議な、読者に比類なき達成感を与えてくれる文章形式が、私の感じた『ドグラ・マグラ』の魅力である。さらに述べるならば、これは私だけに限定された魅力ではなく、恐らく大半の人間の『ドグラ・マグラ』に対する魅力の中核を為すものであるのではないだろうか。


【本論―『ドグラ・マグラ』に描かれるモノ―】
 『ドグラ・マグラ』に、夢野久作が描いたモノ。それは私が考えるに、平々凡々な探偵小説に描かれるような「難事件の犯人が誰なのかを解き明かすエンターテインメント」では決してない。実際本作においても事件は存在して、その犯人もたしかに判明するのであるが、そこは『ドグラ・マグラ』の中核ではなく、むしろ外装と言ってもいいような部分である。なぜならば、『ドグラ・マグラ』においては主人公の主観で描かれる「本文」と呼ばれるモノにはほとんど意味のない可能性があるからである。ここを詳しく説明するとあらすじを紹介せねばならず、そうなるとやはり文字数が足りなくなってしまうので誠に勝手ながら省略するが、早い話が、主人公が精神喪失状態にある可能性が本文で示唆されており、そうなると彼の語る風景や会話の描写が、その意味を丸ごと失ってしまうのである。そうなってしまうと、もはや誰が犯人であるかなどは、まったくもって無意味な問題と帰してしまう。単なる精神異常者の戯言へと、話は帰着してしまうわけである。だから、一般的な探偵小説としてのエンターテインメントを本作に求めると、それはまるっきり見当違いな見解であると言わざるを得ない。

 では、結局のところ夢野久作は何を描いたのか。私もはっきりとそれが判明したわけではないので、明言は難しいのであるが、少なくとも「精神病への対応に対する批判」はそこに含まれているのではないだろうか。本作中に提示される資料の中に『キチガイ地獄外道祭文』という30ページ強に渡る経文があるのであるが、そこに描かれている内容は、現在の精神病院は精神病の治療にまったく役に立っていないばかりか、精神病患者を閉じ込めて嬲り殺しにしてしまう悪魔の施設であり、さらには、健常な精神をもつ者も金次第でいとも簡単に「精神病」と認定し、治療の名の下に社会的抹殺を行ってしまうような場所でもあるというもので、精神病院への痛烈な批判である。この『外道祭文』内の主張は本作の中で幾度となく登場し、さらにはその他の資料も大半は、当時における現代の脳科学、あるいは精神病医学への批判である。そのためこの主張は読者の脳に強烈に刷り込まれる。この「精神病院への批判的メッセージ」を、『ドグラ・マグラ』の執筆動機として捉えても差支えないのではないだろうか。

 しかし、それすらも外装に過ぎないのではないかという不安が、私の中にはある。さらに深淵なメッセージが、『ドグラ・マグラ』には込められているのではないだろうか。物語終盤において、私の心に突き刺さった箇所がある。登場人物の一人の精神科学者が自殺を決意するのだが、その時、彼は自殺に至る心境をこう語る。

 「正直なところを言うと吾輩は人間が嫌になったのだ。こんな研究(精神科学)でもしていなければ、ほかに頭の使い道のない人間世界の浅薄、低級さに、たまらないほどうんざりさせられてしまったのだ」――『ドグラ・マグラ 下』角川文庫 312ページより一部補完して抜粋――

 ここに、夢野久作の描きたかったモノがあるのではないだろうか。ひたすらに意味のない研究、あるいは仕事、というものに骨身を削って生きていかなければならない人間の無意味さ、辛さ。そこから発展して、「人間が生きる」とはどういうことなのか。『ドグラ・マグラ』を通して夢野久作が描いたモノはそのようなことではないのだろうか。いや、もしかすると、そのような無意味な事を為して生きているような人間を、夢野久作はあざ笑っているのかもしれない。さらに言うならば、この『ドグラ・マグラ』のような奇妙な本と何の意味もないのに真面目に格闘し、それを読解しようとする人間を。そのように、私は思えてならないのである。


【結論】
 『ドグラ・マグラ』において夢野久作が描いたモノ。それをはっきりこれだと断定するのは、現段階では非常に困難である。どの結論を出しても底の浅いモノに思えて仕方がなく、さらに深淵な意味があるような気がしてくるのである。しかし、そのように読者を思考の迷宮へと誘う魔力。それも含めて、『ドグラ・マグラ』を名著と言わしめる所以であるのかもしれない。

 また、今回のレポートでは、根拠に乏しい部分が数多くある。次回研究を試みる際には、そこのところを充分に掘り下げて、以降私の研究課題となるように努力してゆく所存である。




【参考資料】
『ドグラ・マグラ(上)』夢野久作著 角川文庫 昭和51年出版
『ドグラ・マグラ(下)』夢野久作著 角川文庫 昭和51年出版
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